2019年岐阜のお店 3・4月開店閉店情報
特集・まとめ

【ブルーのげん】おまえは誰だ?

 

※こちらの記事は、個人的なことを書いているので有益な情報はありません。「ぎふのススメ」の中のひとがどんな人間か少しでもわかってもらえたらと思い、書いてみました。

ブルーのげんの基本情報

名前:ブルーのげん(♂)

年齢:30代

出身は静岡。岐阜に住んで10年以上。

会社員をしながら2018年7月からブログを書き始める。

最近では岐阜に永住するんだなって思っています。

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ブルーのげんの目標

ブログを書き始めるなかでできた自分の目標です。

ぎふのススメを地域の個人ブログNO.1に

実は将来は実店舗で経営したい

本も出せたらいいな

大きな目標があるわけですが、とりあえず日々コツコツと岐阜の魅力を発信していけたらと思っています。

ブルーのげんの挫折の日々とブログへの道

※長文です。

<学生時代>

思春期の男子学生のイラスト

中学まではおとなしく目立たない普通の学生というか自分としてっちゃ暗かった暗黒時代。人の目を気にしてばかりで、同級生の心ない発言などで傷ついていたりしてた。

家庭環境もあまり良くなく、7人兄弟で両親は自営業をしていることもあり、あまり家にいなくて祖母に育てられていたような感じだった。祖母が用意してくれた毎日の「コロッケ」が当時はいやだった(感謝の気持ちも持てていなかった。)。今では本当に優しかった祖母に感謝しかないし、「コロッケ」が大好きだ。

高校は部活で陸上を始めて(もともと走るのは得意だった)打ち込み、部長を務めていた。基本は暗いけど、まわりの友人に囲まれて幸せな日々を送る。猛烈に好きなひとがいたけど恋愛はうまくいかぬ日々。(←これ重要)

大学は友達が多くできて、楽しい日々を送るが学生の本分である勉学に関してはまったくせず、バイトや遊び、友達の誘いでパチンコをやったこともあった。今思うと、もっと打ち込むものがあったらより充実していたと思う。

大学入ってから付き合いはじめたパートナーとずっと今でも付き合っていて、それが自分の人生にとって一番大切で重要な出来事今の時点で)。そのときから岐阜に遠距離で通っていて、徐々に岐阜を知るようになったり、全国、ときには海外に行くことで色々と自分の価値観が変わっていった。ダメダメ学生だが、とにかく日々が楽しかった。

<社会人>

新社会人・新入社員のイラスト「男性社員」

岐阜の会社で働きだす。仕事はとりあえずコツコツと真面目?に取り組むことしかできないので、淡々と最初の会社で3年半を過ごす。それなりに責任のある仕事を任されていて、期待されていた(気がする)。このとき、働いているうちになんとなく嫌だなとか、なんか自分でお店なんかやりたいなという漠然としたものを抱えていた。

3年半いた会社ではこれ以上の成長はないと(なにを思い上がったのか)、退職会社のみんなに盛大に送別会をしてもらえたことは自分が頑張ってきて良かったと思える出来事のひとつ。

キャリアスタート

しばらく、のんびりしていると収入もないことから焦りが出始める。パートナーともギクシャクしていたような気がして、転職活動をはじめる。そんな中ハローワークで見つけた「オーナーになって独立できます!」と書いてあるフルーツの路上、訪問販売をする会社を見つけて、面白そうと思って入社することに。もともとコミュ障で暗い自分に訪問販売という仕事は過酷な仕事でした。(この仕事については興味がある人がいればまた詳しく記事を書いてみようかと思います。)ただ、そんな自分でも「よし買った」と買ってくれたひとが少なからずいたこともあり楽しく半年働けた。(←半年かよ)やはり精神的に辛くなり、一時休養します。仕事選び、大事だなって思いました。

そんな時、父親ががんになり、余命がわずかになります。会社は長男が継ぐことに。そんな中、父親の最期にしたいことが「カジノに行きたい」でした。ちょうど自分は仕事もしてなくてタイミングが良かったので、両親に同行していくことに。

行き先はマカオ。父親は車椅子、母親ははじめての海外という状況なので緊張感はありましたが、ヴェネチアンという最高級の全室スイートのホテルに泊まったり、父親とカジノをしにいったり、マカオは世界遺産も多いので観光もしたりと、久々に親子で過ごせた貴重な時間でした。


※実際に行ったときの画像。何もかもが豪華でした。




マカオのホテルで父親の背中を流した。昔は大きく感じた父親の背中はとても小さくなっていた。流していると、「ありがとう」とぼそっと言ってくれた。
それが唯一できた親孝行だったかもしれない

両親との思い出の旅行も終わり、ちょっとすると父親が亡くなった。なんともいえない気持ちになり、もっと親孝行すればよかった、もっと話をすればよかった、もっと感謝の言葉を口にすればよかった。もっと、もっと、と取り戻せない父親との時間をひたすらに思った。告別式では涙が止まらなかった。
七人の兄弟を成人まで育てるのには本当に苦労したということを社会人になってようやっと理解できた自分は多くのひとに見送られる父親を見て、改めてその偉大さを知った。
そのとき父親を超えるような男になりたいと思った。

告別式も終えて、しばらくすると兄から話が。
今、会社で新しい部署(実際は別会社)を立ち上げることになったから来ないか」と。
父親の思いもあるので、一度実家に戻ることに。
いきなり部長になる。人生わからないものだ。

もともとやっている業種ではない分野のため、ノウハウもなにもなく、しかも素人の寄せ集めの集まり。最初はよし!っと意気込んでいた自分もわからないことが多く、部下になった人たちは年上の人ばかりでうまく動いてもらうことができず、ひたすら自分が動く形で仕事をしていたので、どんどん疲弊していった。

朝早く起きて、夜中まで仕事。それの繰り返し。社長(兄)のだす指示は絶対だと思うが、こんなやり方でいいの?ということばかりで、自分のモチベーションは下がっていった。そんな中パートナー(岐阜と遠距離)が忙しい中、会いにきてくれた。久しぶりに会った自分を見て、「大丈夫?といきなり心配される。仕事について3ヶ月。ダイエットしてるわけでもないのに、10キロ以上痩せこけていた。僕から返した「大丈夫の返事はきっと大丈夫ではなかっただろう。久しぶりに会えて、そのときは本当に救われた。

そして、また仕事の日々。ミスが多くなり社長から叱責されることが多くなる。部下も辞めたりして初期のメンバーはいなくなっていた。近くに相談できる友人などもいなかった(実家から離れたところに会社を立てた)ので、辛かったけど働くしかなかった。

それから1ヶ月後の朝、ベッドから起き上がれなくなった自分がいた。もうなにもしたくない。抜け殻だった。

社長に連絡する。
もう無理です、

たったの4ヶ月で情け無い。今思えば無責任極まりない最低なことをして、本当に社長には兄には申し訳なく思っている。父親の告別式のときの決意などどこかに行ってしまっていた、ただ「限界」がきていた。仕事を放棄して、気がつけば岐阜に向かう電車に乗っていた。しばらく、岐阜で静養することになる。

挫折のイラスト

1ヶ月なにもせず、ただひたすら静かに過ごした。休養することで、次第に働かないことへの罪悪感を感じるようになりはじめる。

そんな時に知り合いの会社から声をかけていただく。職種も最初、就職した会社と同じなので、すんなりと環境には慣れていくことができた。そのときの自分はなにも資格がないため、ある国家資格の受験資格もあったため、受験して合格。職場でもリーダー的な役割になり次第に仕事が多くなってくる。

新しい職場で2年ほど勤め、さらに今の職種でステップアップを考えると、取ったほうがいい資格があり受験。合格率17パーセントの試験になんとか合格。これにはとりあえずホッとした。

試験を受ける会社員のイラスト(男性)

その頃、職場の環境は良くなく、所属長も頑張っているが、なかなかまとまりがないので、空気は悪かった。自分が抱える仕事量も多くなってきていた。しばらくそういう状況で仕事していると、だんだん意欲がなくなり、自分のなかの容量をオーバーしてしまい、出勤前のコンビニで動けなくなってしまった。その日は所属長に連絡しておやすみをもらった。

前職のときは受診はしなかったが、今回は精神科を受診。「という診断だった。なにも考えられなかった。しばらく休職することになる。最初、薬がなかなか合わず、本当に苦しい日々を送っていた。これも話しだすと長くなるので省くが、こんな状態になるまで自分の心をほったらかしにしてはいけないと、今では思う。もちろん、逃げてしまったことで迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳なく思うけど、自分が壊れてしまったらどうしようもないのだ。今も薬は飲み続けている。

うつ病の男性のイラスト




しばらくして、会社の上司と面談。自分の休職をきっかけに会社内はだいぶ変わったらしい。「無理させてしまってごめんね」その言葉で少し救われた。復職の提案をされたけど、その時点では保留にした。

復職するのか
やめるのか
しばらく考えた。

悩んだ末に復職することを選んだ。みんなに迷惑をかけたという思いから復職初日は不安でいっぱいだった。まだ気持ちも不安定で、途中で抜けたりして、さらに迷惑をかけてしまった。そんな自分を職場のみんなは暖かく迎えてくれた。涙がでてきて、こらえるのに必死だった。

少しずつ仕事もできるようになっていき、この間とった資格を使わないかという提案があった。せっかく取った資格なので、一度はやってみようと兼務という形で働くことに。はじめての業務はやはりわからないこと、覚えなきゃいけないことが多く、失敗ばかりでなかなか自信がすぐにはついてこない。焦らずにと思ってはいても、周りの先輩たちが忙しそうにしていると、やはり焦ってしまうものだ。そこで、今自分に与えられた試練だと思って打ち込めればいいけど、そう簡単にはうまくいかない日々が続いた。

次第に業務は覚えてきた。少し気持ちの余裕もでてきたころ、心の中にまた自分でなにかしたい、というかお店を開きたいという想いがふつふつと湧いてくるのを感じていた。でも、まだその思いに正面から向き合うことはできず、本業を頑張らねばと気持ちを切り替えていた。

そんな中、ツイッターで「副業ブログで収入」なんてうさんくさいものが目にとまった。ブログ自体は知っていたけど、趣味で書いている程度のものという認識でしかなかった。自分は本は読むことはしていたけど、文章を書くなんてこともしたこともなかったのでやる気は最初なかった。

ただ収入面では満足できていなかった。今の職種では管理職になって、また死ぬほど働いてやっとまともなサラリーマンくらいの給料になるかくらいだ。今の仕事にそこまでの熱意はないし、たぶんまた自分が潰れてしまう。どうにか自分の「道」を見つけたかった。ただ独立しようにも、スキルもお金もない。もちろん資格はあるが、結局また同じことの繰り返しだ。

どうすればいい?

と悩んではじめたのが「ぎふのススメ」だ。

やる気に燃える人のイラスト(男性会社員)

地域のグルメやくらし、観光の情報を発信しているブロガーさんの存在をツイッターを通して知り、興味を持った。「岐阜」に住んで10年以上が経ち、街を好きになり、そこに住むひとたちを好きになっていた。お世話になった岐阜への恩返しとして、もっと岐阜を自分が盛り上げられたらいいな、そこから自分の道が開けたらいいなと思い、発信を開始する。

本業のかたわら、文章を書くスキルもパソコンのスキルもない自分がちょっとずつ書いたり、調べたり、悪戦苦闘しながらブログを書いていた。記事がひとつ書き上がると気持ちの良い達成感があった。最初はアクセスも全然ないし、ただ書いてるだけで収益もなにもない。ただ少しずつPVがあがってくると、やはり楽しくなってくる。

グルメ記事のためにお店を巡って、そこでお店のひとと話したりするのも、緊張したりするけどなんか楽しかったりもする。

仕事が終わって、前はなにもせず、ぼーっとしていた自分がブログを書くのが楽しくてしかたない。久しぶりに熱中できるものに出会えた気がする。まだまだ道半ばだけど、自分のため、岐阜のひとのために少しでも自分なりの発信が続けられればと日々奮闘している。

ブルーのげんの由来

音楽を聴くのが昔から好きです。

自分の同世代のひとはわかると思いますが、ヒップホップやR&Bなどブラックミュージックが流行りだした頃から聴いています。
その中でもBruno Marsさんが大好きです。
ファーストアルバムはどれだけ鬼リピートしたことか。全曲間違いないですね。

日本に来たライブも2回行きました。(めったに来ないのでもっと来てほしいです。)

これでおわかりかと思いますが、
ブルーの=Bruno」です。

もう一人、格別に好きなアーティストがいます。
星野源さんです。

ライブ最高なので一度観てください!

今や国民的スターになってしまいましたが、デビュー当時から聞いていました。
ライブも4回行って、最近はチケットがなかなか取れなくなってきててちょっと悲しかったりします。

音楽はもちろんのこと、本を書かせても面白いし、俳優としても活躍していて、生き方が好きですね。

「恋」ダンスもヒットした「逃げるは恥だが役に立つ」も最高でしたね。

げん=星野源」からとらせてもらっています。
Bruno Mars星野源の合いの子で
ブルーのげん」です。

まったく岐阜とは関係ないですし、お二人のように日本や世界を股にかけるなんて、大それた夢はありませんが、少しでも多くのかたに岐阜の魅力を発信できたらと思っています。

そのほかにもJPOPももちろん聴きます。音楽の趣味が合うひととも友達になれるといいですね。

まとめ

最後まで読んでくれたかたがいましたら、本当にありがとうございます。「ぎふのススメ」はこんなダメ人間が書いてるわけですが、今住んでいる「岐阜」のためにちょっとでも自分なりの貢献ができればなと思っています。今後とも精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いします。

 

ABOUT ME
ブルーのげん
ブルーのげん
岐阜在住の30代。ぎふのグルメや観光、暮らしの情報をお届けします。新しいお店や人気店など幅広くご紹介しますのでぜひチェックしてください。